たまたま見つけたこの記事。

少しだけど直接関わった者として覚えていることを残して置きます。

私が知っているのは1986年(昭和61年)~1989年(平成元年)。

それ以前のことはやはりこの記事に反応されたコチラに詳しい。すごく詳しい。これは勉強になりました。全然知らなかったな。

「城東カワサキ販売」ー。当時の「カワサキグリーンショップ」。カワサキをメインに国内4メーカーを取扱っていた。場所は東京都足立区綾瀬。1階がショップで2階がJMCというオリジナルパーツの製作販売と洋用品販売会社。中2階に部品庫と車両の保管スペースがありました。天井が高くて広さも充分なショールームと、お客さんの休憩スペースには大きなテレビ。工場はショールームに併設された認証工場で4台の同時整備が可能。中2階に車両を上げるためのリフトがありましたね。新車中古車の販売と修理整備がメイン。パーツの販売もやってましたが、かつてのJMCのマニアックなパーツは影を潜め、車両の購入やカスタムの依頼があったときにお客さんの要望に合わせて用意するような感じでした。「8耐に出た」という古いレーサーも展示してありましたがあまり大切にされてなかった。(^^)

元々荒川にあった店に加えて足立区の綾瀬に本社として新規出店。綾瀬の店は白を基調とした当時としてはキレイめな大型店舗。店には「LoveLove」というペットネームのようなものがあったのですがお客さんには浸透してなかった。その後荒川店が高島平に移転。荒川の店はアラジンというレストランになった。

城東カワサキ名刺01高橋恒秋社長

今も大事に持ってます。

この頃はGPZ400Rが出たばかりの頃。それまで手頃な価格の中古車だったZ400FXやZ400GPが急騰して新車より高額になった。さらに「トップガン」で話題になったGPZ900Rの人気。そして「Works」と「あいつとララバイ」のせいかどうかはわからないが(^^)巻き起こったZ2ブーム…。カワサキにとっては追い風になるようなことが多かった記憶があります。

修理や整備のバイクも途切れることは無くいつもかなりの台数を預かっていたと思う。お客さんはほとんどがカワサキユーザー。カスタムしたり、メンテナンスしながら長く乗ってる人が多かった。当時は新規登録から10年経つと車検が1年毎になるんですが毎年キレイな500SSを車検に持って来る方がいて1年て早いなーなんて話してたのを覚えています。Z1300やZ750ターボのお客さんもいましたよ。

エンジンの分解修理やオーバーホール、車検が日常的にありました。400FXの550ボアアップやZ2のエンジンオーバーホールをZ1の部品で組んで900にしたりとか、その時はよくわからなかったけど長年のノウハウはかなりのものだったと思う。教わりながら色々やらせてもらいました。社長は「ウチで1年働けば他の店で3~4年働くのと同じくらい仕事が覚えられるぞ」っておっしゃってたけど今考えると本当にその通り。いやもっとかな。5~6年分かも。

城東カワサキ名刺02

荒川が高島平に移転。

平成2年か3年だったと思います。1回店にお邪魔して社長に会いましたが「中古車を沢山扱うようになって良くなった」と業績は上がってるような印象だった。考えてみると高橋恒秋社長とはこの時が最後となり以降店にお邪魔する機会もなく疎遠になってしまった。2004年(平成16年)の初秋、かなり久しぶりに立ち寄ったとき、全く違う会社が店舗を改装したような形で使っていた。もちろんバイク屋ではない。それ以降はここを訪れていない。ー

城東カワサキ名刺03

その後1店舗に集約。1991年頃?

「城東カワサキ販売」ー。何の経験も無かった私に、面接のとき「いつから来れる?」と即決して頂いた高橋社長。日頃の業務、整備の基礎を丁寧に教えてくれた先輩たち。就中、1人の先輩はバイクの構造から修理整備のあらゆることを手取り足取り教えてくれた。

振り返ってみてしみじみ思う。いろいろ文句も言ったけれど(^^)私が現在もバイク屋として、特に整備や修理をする時の考え方のベースはここで教わったこと。何もわからないまま飛び込んで最高の環境で学ぶことが出来た。ここでの経験があったればこその今。

整備士としての原点。
バイク屋としてのスタート地点。
感謝の思いは尽きない。
時間が経つほどその気持ちは強くなるのです。

4気筒エンジンのエキパイほぼ専用Tレンチ

頂いた社長お手製のTレン。 今も現役。